朝靄(あさもや)の中の大仏

朝靄(あさもや)の中の大仏

撮影場所:高徳院(鎌倉大仏)
撮影日:2009/7/29
アクセス:江ノ電「長谷」駅より徒歩7分
地図:鎌倉大仏殿高徳院ホームページ

「鎌倉大仏」、「長谷の大仏様」などと呼ばれ、親しまれている大仏様。
鎌倉の人気ナンバーワン観光スポットであることは、間違いないでしょう。

このページの写真は、雨上がりの靄の中、静かにたたずんでいる大仏様の様子をおさめたもの。
大仏様の頭の上では、小鳥たちがさえずっています。
夜通し雨が降った後、朝になって雨が上がったので散歩にでかけ、早朝7時から参拝可能な大仏様へ行ってみると、境内には私も含め、ほんの数人がいるだけ。(現在は、8時からに変更)
昼間は、いつもガヤガヤとにぎわっている大仏様の境内ですが、朝は、こんなにも静かなのかと思いながら、のんびりと散策しました。

ところで、鎌倉の大仏は、よく奈良・東大寺の大仏と比較されます。
歴史や大きさ、文化財としての価値などを総合的に考えて、鎌倉と奈良の大仏が、日本の二大大仏であることは間違いないでしょう。
両者を比較したときの一番の大きな違いは、奈良の大仏が大仏殿の中に納まっているのに対して、鎌倉の大仏は露座(ろざ)であることでしょう。

しかし、鎌倉の大仏にも創建当初は、きちんと大仏殿があったらしいのです。

記録によれば、はじめ、木造の大仏と大仏殿が建てられたが、大風で大仏も大仏殿も倒壊。
建長4(1252)年、現在の青銅製の大仏が鋳造され、大仏殿に納められた。
その後、大仏殿は二度の大風で倒れ、その都度再建されたが、明応7(1498)年の大地震による津波で流されてからは、再建されることがなかった。

ということらしいのです。
鎌倉幕府が滅んだ後、室町時代以降、鎌倉の町が次第に衰退していく中で、おそらく誰も大仏殿を再建しようとはしなかったのでしょう。
(というか、それだけのお金を捻出できる人がいなかった)

鎌倉の大仏様も津波による被災者というわけですが、これは冗談ではなく、外洋に面している鎌倉は、いつ津波の被害を受けるか分からないというリスクをきちんと考えておくべきです。
人命はもちろん、文化財など、守らなければならないものがたくさんありますからね。

ちなみに意外に思うかもしれませんが、鎌倉の仏像の中で、国宝に指定されているのは、この大仏様だけ。
鎌倉幕府滅亡時の新田義貞による鎌倉攻めや、室町時代の今川範忠(のりただ)による鎌倉攻め、更に戦国時代の里見軍による攻撃など、度重なる戦火によって鎌倉の町が焼き尽くされた結果、貴重な文化財の多くが失われてしまったのです。
これ以上、貴重な文化財が失われないことを、切に望みます。

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