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伊豆で流人生活を送っていた源頼朝の夢に現れ、平家討伐の旗揚げを促し、天下を取らせたとの伝説から、頼朝の愛称「佐殿(すけどの)」を助けた稲荷ということで「佐助稲荷」となった。別名「出世稲荷」。 JR横須賀線・江ノ島電鉄 鎌倉駅から ・徒歩30分。 [地図]
[AT0801] 朱色の鳥居
[AT0802] 古い小さな稲荷1
[AT0803] 古い小さな稲荷2
[AT0801] 朱色の鳥居 佐助稲荷の伝説は、おおよそ次のようなものである。 頼朝が伊豆で流人生活を送っていた頃、ある晩、夢に神霊と思われる老人が現れ、「我は隠れ里の稲荷なり。平家討伐の兵を挙げよ。必ず加護しよう。」と言って消えた。その言葉を信じて挙兵した頼朝は、やがて壇ノ浦で平氏を滅亡に追いやり、建久3(1192)年、征夷大将軍に昇り鎌倉幕府を開く。後、幕府を開いた頼朝が隠れ里を探させたところ、小さな祠を見つけ、これが夢に出てきた老人の隠れ里かと言い社を建てたのが、現在の佐助稲荷だという。「出世稲荷」として、今なお厚く信仰されている。 佐助稲荷のシンボルは、京都の伏見稲荷大社を思わせる、参道の無数の赤い奉納鳥居。
[AT0802] 古い小さな稲荷群1 苔むした無数の古い稲荷群。神域独特の雰囲気が漂う。
[AT0803] 古い小さな稲荷群2 佐助稲荷と、すぐ近くの宇賀福神社(銭洗弁天)は、ともに頼朝ゆかりの隠れ里の神社。片参りはよくないので、できれば両方をお参りしたい。 佐助稲荷背後の山の尾根道は、鎌倉大仏裏手から北鎌倉まで通じる「大仏ハイキングコース」になっていて、佐助稲荷境内からもハイキングコースに入ることができる。
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