|
|
古都浪漫ホーム > 鎌倉 >
瑞泉寺
鎌倉最奥の地、「紅葉ヶ谷」の深い谷戸にたたずむ瑞泉寺。自然に恵まれ、早春の梅や水仙に始まり、四季折々の花が咲く鎌倉の花の寺。 また、地名の「紅葉が谷」のとおり、紅葉も美しい。
本堂裏手には、夢窓国師作庭の石庭がある。
JR横須賀線・江ノ島電鉄 鎌倉駅から
・バス「大塔宮」行き、大塔宮下車、徒歩10分。
・徒歩30分。 [地図]
|
 |
|
|
 |
[AT0901] 梅1
瑞泉寺は、鎌倉の「花の寺」として知られ、四季を通じて咲く花の途絶えることがないが、圧巻は境内全域に植えられた早春の梅と晩秋の紅葉。
梅は、山門入ってすぐの梅園と山上の本堂前に数多く植えられており、境内いっぱいに梅の香が漂う。
|
 |
[AT0902] 梅2
鎌倉の梅は、一般に2月中旬頃から見頃を迎えるが、瑞泉寺は他より遅く、3月に入ってからが見頃となる。 |
 |
[AT0903] 夏の境内
夏の一日。芙蓉の白い花が涼しげである。 |
 |
[AT0904] 紅葉
紅葉ヶ谷という地名のとおり、瑞泉寺は紅葉の名所として知られる。ある文献によれば、その昔、本堂裏手の山上の「偏界一覧亭」には、天下の名僧たちが集まり、度々詩の会を催し、四季折々の自然は誠に素晴らしく、ことに紅葉は「楓林ことごとく赤し」といわれるものだったという。 |
 |
[AT0905] 石庭1
夢窓国師(夢窓疎石)は、後醍醐天皇から後土御門天皇まで七代の天皇からそれぞれ夢窓・正覚・心宗・普済・玄猷・仏統・大円という国師号を授かり、「七朝帝師」(七代の天皇の師)と呼ばれる人物。この時代の宗教・思想界をリードする一方で、作庭家としても素晴らしいい才能を発揮し、多くの禅の庭を作った。この瑞泉寺の石庭もそのひとつである。
崖の岩肌には大きな洞窟が掘られており、崖下の池には水草が生え、早春には池に住むカジカ蛙の小鳥のような鳴き声が聞こえる。
|
 |
[AT0906] 石庭2
庭は永いこと泥に埋もれていて、昭和44年、古絵図を元に掘り起こしたところ、橋や排水溝、滝などがほぼ絵図どおりに現れたのだという。一見すると、打ち棄てられた庭園の遺構のようにも思えるが、よくよく観察すればそれほど広くはないスペースに、深山から流れ出た河が大海へと注ぎこむような自然の縮図がそこにあるようにも思える。岩肌を彫刻刀で削ったかのような箱庭のような空間に大自然が内包されていると気づいて喜んで帰る人もいれば、気づかずがっかりして帰る人もいるだろう。
無駄なものを限りなく削ぎ落とすことで、逆に限りなく壮大なものを表現する。後年、疎石が京都の天龍寺や西芳寺(日本初の本格的枯山水を造った)で表現し、更に時代を経て、龍安寺の石庭で極限にまで発展する、自然や事物、果ては宇宙や思想までをも象徴的に現す作庭手法の端緒をこの庭に見ることができる。
|
|
|
|
サイトマップ |
|