古都浪漫 京都 銀閣寺(慈照寺)

古都浪漫ホーム > 京都 >


銀閣寺(慈照寺)


銀閣の通称で親しまれるこの建物の正式名称は、東山慈照寺観音殿という。
もともとは、室町幕府八代将軍足利義政の東山山荘として建てられ、義政の死後、菩提を弔うため寺に改められた。
銀閣寺に代表される東山文化は、「侘び」「寂び」の世界を現出し、義政の美的感覚に彩られている。

市バス 銀閣寺前下車
  ・徒歩約3分。[地図]

銀閣 向月台と銀沙灘 東求堂

[YT0401] 銀閣

[YT0402] 向月台と銀沙灘

[YT0403] 東求堂

展望所から1 展望所から2 お茶の井

[YT0404] 展望所から1

[YT0405] 展望所から2

[YT0406] お茶の井

[YT0401] 銀閣
銀閣に足を運ぶと、「この寺の意味するものは何か」と考えてしまう。 恐らく日本人の多くは、まばゆいばかりに輝く金閣よりも、むしろこの銀閣の侘びた風情に「日本的な美」というものを感じるに違いない。
この時代以前の日本人は、大仏を建立したり大寺院を建てたりと、必ずしも小さなもの、質素なものをよしとするとは限らなかった。むしろ大陸的な大きなものに憧れを抱いていたようにも思える。
応仁の乱を招き政治家としては無能の烙印を押された義政であるが、この銀閣寺に現出される彼の美的感覚は、その後の日本文化の方向性に決定的な影響を与えたといえよう。

[YT0402] 向月台と銀沙灘
大海原を思わせる白砂の銀沙灘と富士山形の向月台は、銀閣寺になくてはならないもののように思えるが、実は江戸時代の作という。

[YT0403] 東求堂
銀閣(観音殿)とならび国宝指定されている東求堂(写真右の建物)は、義政の持仏堂である。この建物の北面東側に位置する四畳半の部屋「同仁斎」は、草庵茶室の源流、四畳半の間取りの始まりといわれる。

[YT0404] 展望所から1
銀閣寺でのおすすめは、背後に月待山を背負う展望所からの眺め。箱庭のように見える銀閣寺の境内と、その向こうに京都市中を見渡すことができる。

[YT0405] 展望所から2
わが庵は月待山の麓にて かたぶく空の影をしぞおもふ

義政

[YT0406] お茶の井
晩年の義政は東山山荘に篭り、能、茶道、絵画など風流三昧の日々を送った。義政が茶の湯に使う水を汲んだという「お茶の井」も残っている。また、この付近に残る石組みは、義政が西芳寺(苔寺)の庭園の石組みを模して造った石組みの名残であるという。


サイトマップ

古都浪漫 出掛けよう歴史と浪漫の旅へ