古都浪漫 京都 金福寺・落柿舎(京の俳諧史跡)

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金福寺・落柿舎(京の俳諧史跡)


洛北・金福寺の芭蕉庵と、嵯峨野の落柿舎。京都の二大俳諧史跡を訪ねる。

■金福寺(芭蕉庵)
叡山電鉄叡山本線「一乗寺駅」から
  ・徒歩15分 [地図]

■落柿舎
京福電鉄嵐山駅またはJR嵯峨嵐山駅から
  ・徒歩約20分 [地図]

芭蕉庵 落柿舎1 落柿舎2

[YL0301] 芭蕉庵

[YL0302] 落柿舎1

[YL0303] 落柿舎2

[YL0301] 芭蕉庵
宮本武蔵が吉岡一門と決闘した場所とされる「一乗寺下り松」から南東方向に歩くこと数分、金福寺がある。
この寺の後丘に建つのが「芭蕉庵」。 元禄の頃、金福寺を復興した鉄舟和尚と親交のあった松尾芭蕉がしばしば訪れたことから、後丘に建つ庵を村人たちが「芭蕉庵」と呼ぶようになった。庵はその後荒廃したが、後に与謝蕪村が復興し、しばしば句会を開いたという。

[YL0302] 落柿舎1
洛西・嵯峨野の田園風景の中に、芭蕉の門人・向井去来が晩年を過ごした草庵「落柿舎」が建っている。土間の入口に掛けた蓑と笠は、主人が在宅であることを示す。

[YL0303] 落柿舎2
去来が住んでいた当時、庭に柿の木が40本あった。柿の実が生ったので商人に売る約束をしたところ、その晩に嵐が来て、一夜のうちに殆どの実が落ちてしまった。その後、去来が「落柿舎の去来」と手紙などに書き始めたのが、名前の由来。


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