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二条城
関が原の戦に勝利した徳川家康が上洛の際の宿舎として建造。後に三代将軍家光が現在の規模に拡張。皇室の動きや豊臣家を監視する機能を果たしていた。
豊臣家が滅び天下泰平の世になると、二条城の存在意義は薄くなったが、幕末になるとふたたび政治の舞台となり、慶応3(1867)年、十五代将軍慶喜が二条城大広間で大政奉還を行った。
地下鉄 二条城前駅から
・徒歩約1分。[地図]
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[YT1101] 大手門
堀川通に面する東大手門。この門を入るとすぐに二の丸御殿の築地塀が見え、南側に回りこむと入口の唐門がある。
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[YT1102] 唐門
彫刻が見事な唐門。唐門をくぐると、正面に二の丸御殿の車寄せが見える。 |
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[YT1103] 二の丸御殿
二の丸御殿は遠侍、式台、大広間、黒書院、白書院という5つの建物がいわゆる雁行型に配され、武家風書院造の代表作とされる。部屋数33、畳800畳、廊下を一周すると450メートルになるという。
二の丸御殿内部は見所が多数あるが特に見事なのは、各部屋の狩野派の襖絵と、厚さ35センチの檜の一枚板を両面から透かし彫りにした大広間の欄間の彫刻。
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[YT1104] 二の丸庭園
大広間の西側に面する二の丸庭園は、幕府の作事奉行で、茶人にして作庭家でもある小堀遠州の作。力強い石組みが特徴。
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[YT1105] 本丸御殿
二の丸御殿の東に隣接するのが、内堀に囲まれた本丸御殿。
創建当初の天守閣と本丸御殿は火災で焼失し、現在の本丸御殿は京都御所にあった桂宮御殿を明治26年に移築したもので、公家風の瀟洒な造りの建物である。
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[YT1106] 天守閣跡から
本丸庭園の南西に、かつて天守閣が建っていた一段高い石垣があり、上ることができる。ここからの眺めてみると、京都市中にあって、二条城は随分広いんだなあと思う。
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