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古代史の風景(明日香村)
平城遷都以前、明日香(飛鳥)は日本の政治の中心地であり、聖徳太子の政治も、大化の改新も、この地を中心に行われた。しかし、現在、悠久の歴史の痕跡は幾つかの遺跡と寺に残るのみ。あとは長閑な田園風景が広がるだけの明日香の里である。
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[NL0201] 田園風景
「アスカ」という場合、村の名前「明日香」と寺の名前や周辺の地名に使用される「飛鳥」がある。もともとは「飛ぶ鳥の明日香」というように「飛鳥」は「明日香」の枕詞で、鳥が飛んでいる豊かで平和な場所という意味。
飛鳥寺の裏手に広がる長閑な田園風景は、まさに平和そのものである。 |
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[NL0202] 甘樫丘から
明日香を訪れたら、ぜひ登ってみたいのが甘樫丘(あまがしのおか)。7世紀前半に権勢を誇った蘇我氏は、この丘に邸宅を構えていたという。
甘樫丘は148メートルとたいした高さではないが、頂上の展望台からは大和三山のほか、東側には多武峰(とうのみね)と明日香の里を一望の下に見渡すことができる。
古代日本において政治の中心地であった明日香の地。日本という国は、山に囲まれたこのほんのわずかな土地から興ったのかと思うと、非常に感慨深い。 |
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[NL0203] 雷丘
甘樫丘と並び古代の神奈備山(かんなびやま・神の鎮座する山)の候補とされる雷丘。甘樫丘が東西に数百メートル、南北1キロにもわたる大きな丘であるのに対して、雷丘は本当に小さな丘である。
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[NL0204] 岡寺・龍蓋池
岡寺は明日香の東の山裾に建つ寺で、正式名称を「龍蓋寺」という。この寺を創建した義淵僧正が、農地を荒らす悪龍を池に封じ込め、大石で蓋をして閉じ込めたとの伝説が、寺の名前の由来となっており、現在も本堂前に伝説の池が残っている。 |
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[NL0205] 橘寺
聖徳太子誕生の地に建つ橘寺。降りしきる雪が積もり、周囲は墨絵のように。 |
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[NL0206] 立石
甘樫丘の麓に建つ、甘樫坐神社境内の「立石」。「立石」と呼ばれる巨石は、村内の何箇所かにある。
允恭天皇のときに甘樫丘で行われた盟神探湯(くかたち・熱湯の中に手を入れ、ただれなかった者を正しいとする神前裁判)の故事にならい、毎年4月、この立石の前で「盟神探湯神事」が行われている。 |
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[NL0207] 鬼の雪隠
「鬼の雪隠(せっちん)」と、そのすぐ上にある「鬼の俎(まないた)」はセットになっている。
昔、霧ヶ峰とよばれるこの一帯に鬼が住み、通行人に霧を降らせ、迷ったところを捕らえて、俎の上で料理し、雪隠で用を足したという伝説がある。
実際は、「鬼の俎・雪隠」ともに、古墳の石室の一部であり、俎(底石)と雪隠(蓋石)が分離して残っているものである。 |
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[NL0208] 亀形石造物
飛鳥寺の南東、奈良県立万葉文化館裏手の丘陵一帯に広がる「酒船石遺跡」。この遺跡で平成12年に発見された「亀形石造物」は造形的にもとても美しい。「酒船石遺跡」は『日本書紀』に出てくる斉明天皇の「両槻宮(ふたつきのみや)」ではないかとも推定されている。 |
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[NL0209] 神の降臨
伝・飛鳥板蓋宮跡付近で。雲間から降り注ぐ光に、飛鳥の地で神の降臨を見た気がした。
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