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神泉苑 わずかに残る平安京の記憶

真夏の神泉苑

(写真:真夏の神泉苑)

二条城の南に、神泉苑という緑に囲まれた池泉庭園があります。

神泉苑は、平安京の大内裏の東南に隣接して造られた禁苑の名残り。

今でこそ"こぢんまり"としていますが、平安時代の当時は池を中心に東は大宮、西は壬生、北は二条、南は三条に至る広大な敷地を占める庭園で、天皇が訪れては池に竜頭鷁首(りゅうとうげきす)の船を浮かべ、宴が催されたといいます。

上の写真は、2011年7月17日、祇園祭の山鉾巡行の日に撮影したもの。

朝から祭りを見物していたのですが、暑くてたまらず、池のほとりなら少しは涼しかろうと思って、神泉苑にやってきたのでした。

典雅な朱色の橋に日傘の女性。白い水鳥が水面を泳ぎ、なかなか風流ではありますが、やっぱり暑い……。

昔は、こういう暑い季節は疫病が流行ったんですね。

貞観5(863)年、平安京で疫病が大流行。これを長岡京造営の際に非業の死をとげた早良親王(さわらしんのう)の怨霊の祟り(たたり)だとして、神泉苑で御霊会が催されます。

さらに、貞観11年の疫病流行のときには、日本の国の数、66ヶ国と同じ、66本の"鉾(ほこ)"をつくらせて神泉苑に送り、諸国の悪霊を鉾に移し宿らせ、悪霊を祓(はら)いました。

これが、のちの祇園祭の起源になります。つまり、神泉苑は「祗園祭の発祥の地」ということができます。

ちなみに、現在の祇園祭の山鉾の数は、全部で33基。本来の数からすると、半分になってしまったわけですね。

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