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「山の辺の道」は、我が国最古の道

我が国最古の街道

古代の街道「山の辺の道」を歩く

(写真:古代の街道「山の辺の道」を歩く)

「山の辺の道」は、記録に残る中で、我が国で最古の道。

古代において、現在の大和盆地は、湖または大湿地帯だったのではないかといわれていますが、その湖の東の縁(へり)に沿って整備された古代の街道こそが、山の辺の道の起源のようです。

現在、山の辺の道は、ハイキングコースとして多くのハイカーに親しまれており、天理市の石上神宮(いそのかみじんぐう)をスタートして南へ向かい、JR桜井駅に至る約15キロの道のりが、多くの人の歩く一般的なコースになっています。

私は山の辺の道をもう何度も歩いていますが、新緑の季節や夏に、歩きながら大和盆地を囲む青々とした山々を眺めていると、

大和は 国のまほろば
たたなづく 青垣
山ごもれる 大和し うるはし

(大和は素晴らしいわが故郷
幾重にも重なって青々とした垣をなす山々
その山々に抱かれている大和は、何と美しいのだろう)

という、倭建命(やまとたけるのみこと)が遠征先で亡くなる前に、故郷である大和を思い浮かべてよんだ、望郷の歌が思い浮かび、心にしみてきます。

古代の大和人の世界観

さて、山の辺の道を歩いていると、夕暮れ時、夕日は大和盆地の反対側、西の端に見える二上山(にじょうざん、ふたかみやま)の彼方へと沈んでいきます。

下の写真のやや右寄りの、頂上が2つある山が二上山です。

二上山の方角へ沈みゆく夕日

(写真:二上山の方角へ沈みゆく夕日)

古代の大和人(やまとびと)にとっては、東の三輪山と、西の二上山は特別な存在でした。

朝、三輪山から昇った太陽は、一日の勤めを終えると、西の二上山へと沈み、魂を休める。

つまり、東の三輪山は新しいものを生み出す神の山、西の二上山の向こうは、死者たちの住む黄泉の国という世界観です。

三輪山

(写真:三輪山)

三輪山は、山の辺の道の途中にある、我が国最古の神社のひとつといわれる大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体でもあります。

大神神社は、御神体が三輪山そのものであるため、通常の神社にある本殿というものがなく、拝殿しかありません。

三輪山は、近年まで入山すること自体許されていませんでしたが、現在は、大神神社の摂社である狭井神社で許可をもらえば、誰でも登山することができます。

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