甘樫丘より飛鳥の里を望む

甘樫丘より飛鳥の里を望む

撮影場所:甘樫丘(奈良県明日香村)
撮影日:2008/2/8
アクセス:近鉄「橿原神宮」駅から「赤かめバス」乗車
地図:国営飛鳥歴史公園

「飛鳥は日本のふるさと」であると、よく言われます。
西暦592年の推古天皇の即位とともに、飛鳥に豊浦宮(とゆらのみや)が置かれます。
このときから、694年に藤原京(奈良県橿原市)に遷都するまでの間を「飛鳥時代」といい、古代の王朝政治は、飛鳥の地を舞台に繰り広げられました。

「飛鳥地代」以前を「古墳時代」と言いますが、古墳時代の人物は、なんとなく、遠い神話の世界の人々のように感じます。
一方、聖徳太子をはじめ、飛鳥時代に活躍した人々は、今から1400年も前の古代の人物であるにもかかわらず、私たちに馴染みのある人物が多いですね。
「日本」という国号がはじめて用いられたのも飛鳥時代。
また、それまで使われていた「大王(おおきみ)」にかわり、「天皇(すめらみこと・てんのう)」という称号が使われるようになったのも、この時代から。
ほかにも、「昭和」「平成」へと続く年号も、飛鳥時代の「大化」からはじまるなど、現代へとつながる我が国の歴史は、この「飛鳥時代」から始まったといっても過言でありません。
そういったことから、「飛鳥は日本のふるさと」と言われるのでしょう。

明日香村を訪れたら、ぜひとも訪れたいのが甘樫丘(あまがしのおか)。
標高わずか148メートルながら、周囲に遮るものがなく、頂上の展望広場からは、飛鳥(明日香)の地や、大和三山などを一望できます。

まず、東の方向に目をやると、飛鳥の集落が一望の下に。
山の狭間のようなほんの狭い土地に、田んぼと、飛鳥寺を中心とした瓦屋根の集落が、肩を寄せ合うように集まっているのが見えます。
このほんの小さな土地から日本という国が産声を上げたのかと思うと、なんだか、とても感慨深いですね。

次に、北から西に目を移していくと、近くには雷丘(いかずちのおか)、やや遠くには、天香具山(あまのかぐやま)、耳成山(みみなしやま)、畝傍山(うねびやま)の大和三山が見えます。

これだけ眺めがいいのですから、当然のことながら、飛鳥時代、この丘には当時最も権勢を誇った豪族・蘇我氏の屋敷がありました。
大化の改新(乙巳の変 いっしのへん)で、蘇我入鹿(そがのいるか)が殺されると、入鹿の父・蝦夷(えみし)は、屋敷に火を放って自害。
甘樫丘は、古代最大の豪族・蘇我氏の終焉の地でもあるわけです。

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