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奈良公園、法隆寺、中宮寺【奈良「古の日本」を旅する(中編)】

大仏と対面-奈良公園、興福寺、東大寺-

前編から続く

日本の原点ともいえる奈良の風景が、近代化の波で失われてしまわないうちに、この目で見ておかなくては、との想いから計画した奈良旅行。2日目は早朝から奈良公園へ。興福寺の境内を散策しながら、東大寺に向かいます。

鹿の群れを見て、「鹿せんべい」をやろうかと思いましたが、子どもの頃、鹿せんべいをやろうとして鹿に囲まれて怖い思いをしたのを思い出して止めました(笑)。

そうこうするうちに巨大な南大門が見えてきます。

東大寺といえば大仏があまりにも有名ですが、この南大門の運慶・快慶作の金剛力士像(阿吽の像)、恐らく日本における彫刻の最高傑作の一つですね。

聖武天皇1250年遠忌法要の準備が進められる東大寺大仏殿

(写真:聖武天皇1250年遠忌法要の準備が進められる東大寺大仏殿)

境内では、折りしも聖武天皇1250年遠忌法要の準備が行われており、大仏殿にはカラフルな幕が張られていました。

現在の大仏殿(江戸時代の再建)も相当な大きさですが、創建時と比べると東西が2/3の大きさといいます。1200年以上前、初めて大仏の開眼供養が行われたときは、いかに盛大な儀式が行われたことか。

奈良の大仏は、聖武天皇の発願で天平17(745)年に制作が開始され、天平勝宝4(752)年に開眼供養会が執り行われました。

南大門、大仏殿と東大寺の建物が巨大なのは、国威発揚とか国家権力のパワーを見せ付けるという意味合いもあるのでしょうけれども、大仏さん自体は(鎌倉の大仏もそうですが)大きさの割りに、意外とかわいらしいというか、愛嬌がありますね。

大仏殿から二月堂を経て、春日大社の辺りを散歩した後、斑鳩の里に向かいました。

聖徳太子の地へ-斑鳩の里、法隆寺-

斑鳩(いかるが)はご存知の通り、聖徳太子が宮を築いて居住した場所で、法隆寺や中宮寺などの古寺が点在しています。

法隆寺の伽藍(がらん)は、大きく西院伽藍(金堂、五重塔など)と東院伽藍(夢殿)に分かれています。

西院伽藍は周囲を回廊で囲まれ、金堂と五重塔がポンポンと仲良く並べられており、後の時代の巨大寺院と比較して、お寺の原点を見るような感じがします。

伽藍の一つ一つの建物が均整が取れていて美しいばかりでなく、回廊の中が全体として調和のとれた小宇宙を形成しているようにも思えます。

お堂の美しさにいつまでも眺めていたいという気持ちがしましたが、法隆寺は見所が多いため、あまりゆっくりもしていられません。

まずは、金堂内部に安置されている鞍作止利(くらつくりのとり、生没年不詳)作の「釈迦三尊像」を拝観。飛鳥仏の純粋さ、素朴さには素直に心を打たれました。

法隆寺

(写真:法隆寺)

続いて境内中央の「百済(くだら)観音堂」に移動。国宝中の国宝ともいわれる「百済観音像」を安置するために建てられた建物です。

この百済観音は見れば見るほど不思議な仏像です。柔和な表情と日本人離れしたスラッとした体型。やさしいおじさん?と言っては失礼でしょうが、とても親しみ易く、今まさに衆生に救済の手を差し伸べようとしている、そんな感じの像です。

続いて東院伽藍に移動し、現存する八角円堂では日本最古とされる「夢殿」では、聖徳太子の等身像といわれる「救世(ぐぜ)観音」も拝観することができました(普段は非公開。春、秋のそれぞれ一ヶ月のみ夢殿の扉が開けられ公開される)。

薄暗い夢殿の内部にややふっくらしたお顔を見ることができました。目を凝らしても仏様の全体がよく見えるわけではないのですが、本来美術品ではない仏様の姿というのは、ある程度自分自身のイマジネーションで補って見れば良いものなのかもしれません。

私は夢殿というと、この堂に籠もって瞑想する聖徳太子の姿を思い描いていましたが、実際には天平11(739)年、太子の死後、行信僧都によって、太子の冥福を祈るために建立されたのだそうです。

中宮寺の本尊も見逃せない

第一級の仏像を立て続けに見ているため、やや疲れを感じてきましたが、もう一体、この斑鳩で是非見ておきたい仏像があります。

法隆寺のお隣、中宮寺のご本尊、「弥勒菩薩(寺伝では如意輪観音)像」です。

中宮寺本堂

(写真:中宮寺本堂)

中宮寺は聖徳太子の母親、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇女の御所を改めたという尼寺で、境内は尼寺らしいやさしい雰囲気に包まれています。

本堂に上がらせて頂くと、奥にご本尊が見えます。この像が取っているポーズ、半跏思惟(はんかしゆい)のポーズというのですが、広隆寺の「弥勒菩薩」と非常によく似ていますね。

「一番好きな仏像は?」と問われれば、どちらを挙げようかと迷うくらい、二体とも大好きな像です。

そして、今回の奈良の旅の最後に向かったのが、日本史の原点とも言うべき、「古代史の里」飛鳥です。

後編に続く

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